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トレンチコート誕生秘話 塹壕で開発された秘密のコートの真実

松はじめです。

本日は、銀座ファッションアカデミアという服飾の講義のなかから、

出石尚三先生からお伺いしたトレンチコート誕生秘話です。

出石 尚三 先生

トレンチコートは誰でも知ってるんじゃないかな?

男性だけでなく、女性も、幼稚園の制服のレインコートにもトレンチが採用されています。

日本ももちろんですが、アメリカもフランスもトレンチコートを着ています。

もともとトレンチコートは英語、フランスでもトレンチコートと呼ばれます。

もはや世界で着用され、それでいて心を掴んでやまないトレンチコート。

ベルトをキュッと締め、衿を立てて。男性も女性も、雨の日も晴れの日も。みなさんも1着持っているのでは?

松はじめ
しかし、何年にどんな風に生まれたのか?についてはあまり知られていないミステリアスなコートなのです。

トレンチコートには防水布開発メーカーが関わっていた

まず、トレンチコートには防水機能・防水の布が関係している。

みなさんはマッキントッシュはご存知だろうか?

洋服のブランドのように思えるが、実は生地の名前。

松はじめ
話はチャールズマッキントッシュのある発明に始まります。
出石 尚三 先生

マッキントッシュというのがありますね?

チャールズマッキントッシュというスコットランドの人。

1822年にインディアンラバークロスというのを発明するんです。

ゴムといっても現代で考えるゴムじゃなく、コールターるのようなネバネバしたもの。

松はじめ
出石先生の想像では、チャールズマッキントッシュは、何か価値のある物を発明しようとして、失敗に失敗を繰り返した。そうしてついにはコールタールのような、ネバネバっとした大失敗作ができてしまったんじゃないか?と。

でも、このネバネバ何かに使えないだろうか・・・

あ、生地の裏に貼ったら水弾くんじゃないか!?と、結果ゴム引きの生地が誕生したのではないか?と。

こうして、1822年、一応防水の生地ができた。

ゴム引きコートの大きな欠点

ゴム引きの生地だ。ところが、とんでもない欠点があった。

出石 尚三 先生

ところがですね、ゴムの性質が今と昔とまったく違っておりまして、大欠点があったんです。

臭いなんです。

人間が着て、雨に打たれた・・・するととても臭いんです!

雨に濡れないのは理解できる、、しかし、この臭いはたまらんではないか!!

臭いをなんとか解消したい・・

臭い問題に立ち上がったのは、ジョンエマリー。

ジョンエマリーという人は、リージェントストリート100番地にあるバックスという仕立て屋を買い取ると、早速防水布の開発にとりかかった。

進化した防水布 アクアスキュータム

ジョンエマリーによって1823年、ある防水布が完成した。

その名はアクアスキュータム。

アクアとは、ラテン語で水、スキュータムは盾、つまり水に対しての盾。

松はじめ
アクアスキュータムも生地の名前で、その名前の意味から推測できる通り、防水布だ。あのバーバリーよりも一足早く、ゴム引きではない防水布の完成しました。

こうして、こぞって防水について研究されていたのだ。

マッキントッシュがレインコートになったのはさらに後の時代。

コットンのレインコート マッキントッシュ

イングランドのマンチェスターというと綿(コットン)で有名だが、トーマスハンコックは、綿でレインコートを作ったらどうだろうか?と考えた。

レインコートには、冒頭で登場したチャールズマッキントッシュ氏の名前を借りて、(おそらく本人の許可をとり、今の言葉でいうとライセンス契約のようなものだろう)チャールズマッキントッシュ・カンパニーを作ったのだった。

松はじめ
スコットランドのチャールズマッキントッシュへの尊敬の念を込めて、裏地はタータンにしたようです。今でも、裏地を見れば署名のように、チェックが登場します。

しかし、防水生地はまだ完璧ではない。まだまだまだ欠点があった。

通気性がないため、蒸れるのだ。

ジョンスパイルは1851年にメタルアイレット(ハト目・靴に紐を通すところについている金属の、ハト目)を発明して特許取った人物だが、それを当時のマッキントッシュはレインコートに応用した。

通気性が良い夢のレインコート、ついに完成だ。

トレンチ作戦

さて、いよいよ本題のトレンチコートだ。

1890年代、イギリスではボーア戦争が勃発する。

この戦いは、それ以前までの戦い方とは随分と変わってしまった。

スパッと刀で斬り合う肉弾戦から、ドピュンドピュンと鉄砲による打ち合いの戦いになったのだ。そりゃあ戦いは全く別のルールで展開される、それまで手を使ってはいけなかったサッカーで手を使ってよし!となるくらいの変化。ポケベルとスマホくらいの変化かもしれない。

とにかく、打ち合いになった。

松はじめ
そこで、ある作戦が練られたのですね、そう、トレンチ作戦。
出石 尚三 先生

これじゃたまらん、どこから鉄砲の玉が来るかわからん!

ということで、考えられたのが、トレンチ作戦です。

溝のことです、大地を掘るだけ。とても長いトレンチもありました、簡単なものもありました、とにかく溝

を自分の背丈ほど掘るんです。

そこから頭だけを出して戦う。

こうして、溝に隠れながら戦えば鉄砲を避けることができる。

トレンチ作戦で大問題発生

そして相手を狙いバンバンバン・・撃つ、撃つ、撃つ。

松はじめ
でも、このトレンチ作戦には大きな欠点があったんですよね、出石先生。何に困ったのでしょう?
出石 尚三 先生

トレンチでの戦闘で何が困ったかというと、泥対策が困るんです。

溝は掘るけれど、排水の用意がない・・・。

雨が降ると泥んこ!

だから泥との戦いなんです、兵士が疲弊する。これでは困る・・・そこで、ウォーオフィス(英国陸軍を統括する組織・通称ダブルオー)もテクニックは持っていない。

そこで、アクアスキュータムやバーバリーなど、戦争につかう道具をウォーオフィスに納めているメーカーに協力を頼んだのでしょう。

泥んこ・・・

雨が降っただけで大変なことになる。排水されない溝なのだから、それは当然といえば当然。でも、こんな台風が直撃して大打撃を受けているような日々を過ごす兵士たちに、何か改善策はないものか。

防水機能の備わった、それも泥水にも難なく対応できる、軍服をも汚さない画期的な服はできないか!

こうしてお声はかかった。

メーカーももちろん、うまくいけばうん何万着の受注が・・ドバッと見込める。

出石尚三先生によれば、第一次大戦、バーバリーだけでも150万着のコートを軍に納めたという記録があるという。

そして、開発した服は実際の戦闘で使ってもらい、そうか、袖を長くして織り込んで、キュッと締めたらどうだろうか!などと研究することもできるわけだ。

とはいえ、当時のトレンチコートの資料は少ない。

やはり軍の機密だったのか?。

出石 尚三 先生

戦車のことをタンクって呼びます。水槽っていみ

あれは英国軍が秘密裏に戦車を開発していた時に見られて、

「あれは戦地に水を運ぶもので、タンク(水槽)なんです。」と。

そのくらい、なるべく言わなくてもいいことは言わないでおこうってのがあったと思います。

いろいろと秘密裏で進めるという、なかなか大変なこと。敵国に知られぬように、、、。

トレンチコートはいつ誕生した?

トレンチコートは極秘開発をされたため、いつ、どうやってできたのかよくわかっていないということがわかった。

辞書;OED(オックスフォードディストナリー)のトレンチコートの項目には、

1616年8月16日の手紙の中にトレンチコートが出てくる、それが最初である。

手紙は、ウィルフレッドオーエンという、軍人であり詩人がおそらく家族に送ったこんな内容だ。

この間とても雨が降った。

部下は、骨の芯まで濡れた。

私はトレンチコートを着ていたので濡れなかった。」

松はじめ
でも、それよりも前にどうやらトレンチコートは広まっていたのです。

仕立て屋が読む雑誌で紹介されたトレンチコート

出石 尚三 先生

1915年、ウェストエンドガゼットオクトーバーというテーラー専門雑誌(仕立て屋が読む雑誌)に型紙付きで3ページから4ページに渡りトレンチコートについて書いてあります。

トレンチ、というところ「”」で囲っていますよね、1915年では新しい言葉だよ、という解釈に思えるんです。

1915年にはトレンチというのがあった。

どうしてテーラー専門誌に載せたかというと、お客様がトレンチを作って欲しい、と来るかもしれないからです。

雑誌よりますと、基本的には今のトレンチと変わりありませんね、エポーレットは付いているけどセットインになっています。今はラグランだけど、これはラグランではない。文章によれば、ラグランか、セットインか、という話も出ています。

テーラーの中にはラグランで作る人もいるけれど、本当はセットインの方が良かろうと思う。

(ただし、セットインという言葉ではなく、サーユラーアームホールと。

切りポケットではなくパッチアンドフラップ。こういうポケットのことをベローズポケットといいます、マチがあって、物をいっぱい入れると広がります。

実用重視、機能性満点のトレンチコート、それは後に大人気になっていく。世界的なヒットとなる。

そんなトレンチコート、オーダーしたい!というお客を見越して、いち早く仕立て屋が読む雑誌に型紙まで付いて説明がされていたというわけだ。これが1915年。

トレンチコートの袖が驚くほど長かった理由

松はじめ
そして、驚くほど袖が長い・・・。一体なぜ?
出石 尚三 先生

ウインドウカフ(wind cuff)

(雑誌には)袖を通常よりも16センチくらい長くしなさい、とあります??

で、それに対する説明は出ていません。

ですが、どういうことかといいますと、軍服の上に、トレンチコートを着ます。長い袖を織り込むんです、一枚。織り込んでで、上着の袖を包むんです、包んだ上にストラップ締めるんです。これでどんな大雨がこようとも上着の袖は濡れないんです。

私たちが現代で、あぁ、雨が降ってきたから傘をさそうか、というそういう状況ではないわけだ。

泥跳ねがすごいところで命がけで戦わなきゃいけない。

松はじめ
でもそういうときでも軍服は汚したくはない事情もあったんですね
出石 尚三 先生

第一次大戦、過酷な状況でも上官の服装チェックがありました。何だそのボタンの掛け方は!!なんだその汚れはっ!!

服装チェックをして指摘する。

戦争だから、、と言い訳できない。どんな状況でもきちんとした身なりをしていないといけない。

トレンチコートの欠点

出石 尚三 先生

インターライニング(inter lining)

保温のための中綿。トレンチコートの唯一の欠点は寒さに弱いことです。

暴風雨には強い、でもマイナス何度となるととても寒い。

そこで、まず例外なく着脱式のインターライニングがありました、保温のためです。

多かったのはブランケットラウンド。今でもあるじゃないですか、取り外しできる、一番手頃なのがブランケットラインド。

シープ付きのライニングが一番高いのです。

オイル・シルクというのもありました。シルクに、ワックスを塗って防水性を高めるんです。昔はよくあったんです、薄い絹に油を染み込ませて。毛皮、モヘアなどもありますよ、一回オイルシルクで包むんです。

仮に水が表地を越えても中の保温の芯は濡れないで済みます。

保温性がある生地を、シルクで包む、しかもoil silkになっていて。

戦争で、コートは濡れた。保温の裏地も濡れた、軍服も濡らしたくないけど、すぐ裏にあるライナー、これも濡らしたくない。

松はじめ
1910年代トレンチコートは、こんなにも念入りに作られていたんだなと見えてきますね。
出石 尚三 先生

ウォーオフィスの中でトレンチコートが完成したのは、1912年ごろではないでしょうか。

どこにも書いていませんが、調べたところ、トレンチコートらしきものが完成したのは、1912年ごろだろうと思います。

そして1915年以降は、解禁されてるんです。

トレンチコートは世界に広がる

とても優れたトレンチコート。

あっという間に世界中に広がる。

アメリカも注目する、フランスも、ドイツも。

メイドインイングランドが、あっという間に。

そのことの証明がこちら。

出石 尚三 先生

1-3 PLACE、A.A.TUNMERというのは、イギリスの軍曹品の会社です。

パリに支店を出しました。

1918年のザ・スターアンドストライプミリタリー新聞に出ている広告なんです。

イギリスの会社はトレンチコートを売るために支店を出した。

それほどパリで注目された。

185フラン、相当高価だったと思います。

出石 尚三 先生

トレンチモデルオーバーコート、ギターマンブラザーズ、アメリカの会社でこういうものを。

毛皮でしょう。

1917年、10月27日の資料ということで、早い段階でアメリカでも流行った。

出石 尚三 先生

イギリス、1918年、フレッシャーアンドグレニーという軍曹品専門とする会社。

ここで面白いのは、レッグバッグって出てるんですね。

裏地が着脱式で、夜寝る時に足元包むんですよ。そういう保温のための工夫がなされている。

当時全て英国ではオーダーメイドでありますから、共地でフード作ってくれとか、ファーライニングとか、裏はビキューナーだよ、とかいくらでもできたんです。

出石 尚三 先生

もう一つはウィメンズ。

6ポンド6。

第一次大戦にナースですから、看護婦が着た制服です。

彼女たちのニックネームは、(戦争で負傷する、ベッドで寝てる、看護婦が見回りにきて、傷付いた人を励ますため、ドーナツを置いて)ドーナツドーリー。

ドーナツドーリーが戦場で着たのがトレンチコートでした。

すぐに、こういう風に採用されました。英国内はもとより、海外でも反応があった。そのくらい優れていたのです。

出石 尚三 先生

バーバリーのタイロッケンというコートであります。

トレンチコートの研究所に必ずのっている、前進にタイロッケンというのがあって、進歩しました。

タイロッケンは造語です。

まとめ

かっこいい・・・刻んだ年輪、いにしえの知恵、、

魅了する、人々を。そう感じさせる服には理由がある。

刀で斬り合う戦争から、鉄砲で打ち合う戦争に変化したことで、溝(トレンチ)を掘って戦うという戦争が始まった。

これが、トレンチ作戦。

しかし、排水がないから泥との戦いだった。

そこで各メーカーにしのぎを削って開発させ、ついに誕生したのが驚くほど機能的で考え抜かれたトレンチコート。

泥を防ぎ、軍服を汚すこともなく、暖かさもある。

仕立て屋の元には次々と注文が入る。それからは大ブーム、数々の広告がそれを物語っている。そんな瞬く間に世界に広がったコートだ。

戦争、それは世界からなくならなければならないものであって、しかし悲しきかなそれによって産業は動く。インターネットだって、グーグルマップだって、そうだろう。

しかし、だからこそトレンチコートは優秀だった、軽い言葉でいえば、流行った。

現代、さらりとスーツの上に羽織る紳士たち。ビジネスという戦いの場で、トレンチコートはきっとあなたを守る鎧となるだろう。

さて、明日は何着よう?

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松 甫松 甫 記事一覧はこちら>>表参道の看板のないオーダーサロン 株式会社ボットーネ CEO。
自身もヘッド・スーツコンシェルジュとしてフィッティングやコーディネートを実施。
クライアントは上場企業経営者、政治家、プロスポーツ選手の方をはじめ、述べ2,000人以上。

2018年8月27日
オーダーコート | コートの歴史

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