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英国から来た流儀 服飾評論家 出石尚三氏の服飾史の講義に参加してきました

2018年5月19日 イベント | ファッションイベント

英国から来た流儀は、服飾評論家の出石尚三先生が講師を務めていらっしゃる、服飾史を勉強する場である。

出石先生は、Web版朝日新聞のファッションコラムやスーツの百科事典などの著書を数々出版されている、服飾業界で著名な服飾評論家の方である。

スーツの百科事典は、これ一冊でスーツのこと全てが詰まった、まさに百科事典。

福沢諭吉 背広のすすめは、日本にどのようにスーツ(背広)は広がったのだろう?事細かに説明している貴重な一冊。

服飾業界の著名な方々が参加

テーブルに座って、料理が運ばれてくるのを待つ。

一流に見える服装術の著者、たかぎこういちさんのお姿も。

たかぎさんの著書は、読むだけでビジネスに必要な服がわかる。服選びで困らなくなる。

スーツを着る男性はもちろん、カジュアルの服装についても指南された一冊だ。

左が服飾評論家 出石尚三先生。

いつも服飾史を学ばせていただいている大先生だ。

右は、nyとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草の著者、安積陽子さんだ。

安積陽子さんには、以前インタビューさせていただいたことがある。

日本人の服装と仕草、一体どこが笑われるのか?こちらの記事を。

関連記事:安積陽子さんにインタビュー

左は、評判の洋服お直し専門店 心斎橋リフォームの取締役副社長 内本さん。

真ん中は大先輩の関さん、この日もリネンのスーツにクレリックシャツを合わせ、ハッとするような美しい着こなしををしていらっしゃった。

ネクタイの結び目を見ればどんな人かわかる

今回の英国から来た流儀は、ボットーネの冨岡と一緒に参加している。

ところで、出石先生とお食事させていただいているときに、安積さんがいらしたので、アメリカ大統領や政治家の服装についての話になった。

その中で、

「ネクタイの結び目を見れば、どんな人かわかるんですよ。」と出石先生がおっしゃっていたのが印象的だった。

昔のアメリカ大統領には、24時間スタイリストが準備していたそうだ。

それは、いつ、どんな会見を開くかわからないから。

何かが起こった時、すぐにコーディネートするのだ。

ところが、そうやって服を用意したり、コーディネートはするものの、最後ネクタイを締めるのだけは本人が行う。

だから、大統領でも誰でも、ネクタイの結び目を見ればそこにその人らしさが出る(出てしまう)ということなのだ。

私たちも大統領ではないが、そういうところを人に見られている、ということ。

ハッとするお話しであり、服装には自分が出る、ということがわかるお話しだ。

英国から来た流儀はどうして生まれたか

右が主催されている内田さん。

内田さんの持っていらっしゃるバッグ・コレクションを見せていただいただいたので、少しずつご紹介している。

関連記事:スウェインアドニーのバッグ2種類を比較

この会が発足したのは、内田さんが出石先生と食事をしている時だったそうだ。

ちょうどウィンザー公の話をされていた時に、

・カジュアル化が進む日本の服飾はどうなってしまうのだろう?

・ウィンザー公に関する文献は山ほどあるが、それだけでなく語り継がれていかなければならないのではないか!

こうして出石先生と盛り上がったのが事がはじまりだったそうだ。

懇親会の料理は中華

懇親会は、英国から来た流儀の講義を行った会場から数分の、中華料理店で行われた。

英国から来た流儀 講義の内容

今回は、イギリスに見習う社交があるのではないか?

イギリス英語とアメリカ英語、文化の違い、などについて1時間の講義。

以前の英国から来た流儀で、パナマハットの歴史を追うという会があった。

その時の内容はこちらの記事で。

関連記事:なぜパナマハットと呼ばれるのか?

関連記事:オプティモに隠された大人の事情

まとめ

英国から来た流儀は、出石尚三先生の講義が聴ける、貴重な場である。

いらっしゃる方も、テーラーや国際弁護士の方と様々で、懇親会も面白い。

頻繁に行われる会ではなく、およそ半年に1回。

参加してみたい、という方はメールをいただければ、詳細をお伝えします。

さて、明日は何着よう?

「サルトリアイタリアーナ」長谷川喜美さんのトークショーに参加して

2018年5月1日 イベント | ファッションイベント

「冨岡くん行ってきなさい。」

代表のありがたい一言で実現した、

サルトリアイタリアーナの著者、長谷川喜美さんのトークショーへの参加。

マルキシさん主催のこちらのトークショー、

非常に勉強になり、刺激を受ける内容でした!

以下の記事でも、その時の様子を少しレポートしています。

また、トークショーの内容に関しては

代表のブログで詳しく書いてありますので、こちらを御覧ください。

この記事は、

わたしの感想と、興味を惹かれた部分に関する考察がメインです。


イタリアのサルトは日本の武道に通じる?


イタリアのサルト、
いわゆるビスポークテーラーはどのような特徴があるのでしょうか?

長谷川さんは、イタリアのサルトに関して以下のように仰っております。

  • ・家族経営が非常に多く、規模が小さいところもあり大きい所もあり。
  • ・ひとりひとり違うスタイルがある。
  • ・地方に寄って、スタイルが地域性によって異なる。
  • ・イタリアのサルトは多様性を感じさせるところが多い。
  • ・それぞれのサルトに”マエストロ”という師匠のような人がいて、その人のスタイルがそのサルト特徴になる。

流派が無数にあり、それぞれが特徴を持って作っているイタリアのサルト。

なかには、技術が継承されず1代きりで途絶えてしまうサルトもあるとのこと。

まるで、日本の武道のようではないでしょうか。


途絶えてしまう危惧、オールスターが1冊の本に集結


イタリアの優れた技術を持つマエストロの平均年齢は70歳を越え、

名人と呼ばれる人たちは80歳を越える人たちも多い。

今、こういう本を今作らなかったら、

同じクオリティの、オールスターのような本は二度と作れないのでは無いか?

とカノニコ社も非常に心配していたとのこと。

実際に、取材の時にはご顕在だった

4大マエストロの1人、レナート・チャルディさんがお亡くなりになってしまったとのこと、、、。

そういった側面もあり、

カノニコ側もプロジェクトとして、今回の本のようなものを残したいという意向もあった。

そして出版された、「サルトリアイタリアーナ」

この本のなかには、長谷川さんが実際に回って取材を行った、

27ものサルトの現状がこと細かに載っています。


マーシャル・プラン


画像元:Wikipedia

マーシャル・プランってご存じでしょうか?

第二次世界大戦で被災した国を救済するために、

国務長官ジョージ・マーシャル及び当時のアメリカが行った復興援助の政策のことなのですが。

この時期に、アメリカやカノニコ社が

テクノロジーに投資を行ったことで、

紡績からフィニッシングまですべてを一貫生産出来るようになりました。

そうすることで、ウールの買い付けから価格・クオリティのコントロールまでできるようになり、

さらには、自社牧場をつくることで、更に上質な原毛を作り出すことができるようになった。

これがイタリアの服地生産の強いところである、と長谷川さんは仰っておりました。

産業革命時には、英国の分業制が優位性を持っていたが、

現在においては下火ですよね。

これは、英国を参考にした日本においても同じような風潮が見て取れますね。


質問もしてみました


不躾ながら、

私、長谷川さんに質問をさせて頂きました。

質問内容:

毎年8%のサルトが減少しているという事実は、我々としては悲観的な印象をもってしまうものですが、

実際に現地のマエストロや業界の方はどのように想い、考えながら仕事をされているのですか?

ANSWER:

70年代はサルトが多かった。

というのも、それしか産業がないから何も考えずにそれをやるしかなかった。

だからナポリに服飾以外の大きい産業がないということもある。

自分たちの全盛期のときから比べると衰退の一途をたどっているという実感はある。

一方で、サルトの修行を積まなかったような人でも、自分でサルトリアを初めたいと思って始めている人もいる。

そういう人は、本人自身がビジネスとして真面目に取り組んで成り立たせようとしている

職人を雇ったり、SNSで発信したり様々取り組んでいる。

こういう人はプレゼンテーション能力に長けているので、それなりのお客様を獲得することができ、サルトリアとしてやっていける。

ただ、元からやっているマエストロは批判的な眼で見ている

しかし、両方の部門がないと、産業が廃れてしまうのでは、、、というところもあるし、

逆にマエストロがビジネスとしてサルトリアを行っている人に刺激を受けトラクションにやっていこうと思う側面もある

最終的には、お客さんが増えれば、職人もそれだけ必要になるし、

下働きの日の目をみないような仕事でもSNSで発信することで、

その存在に気付いてもらい、その仕事をしてみたいという人も集まってくる。

昔のクラフトマンシップのようなものは、貴族が顧客だったので採算度外視でも成り立つものであったが、

現在は、大量生産が主流となり手作りのものは廃れてしまう、それは世界中どこでも同じである

一番きつかったときは、1980年代アルマーニが流行ったときであり、

その時はサヴィル・ロウもすごくきつかったとみんな言っていた。

しかし、昨今はビスポークにも脚光を浴びているので、お客さんも来るようになり、新しい顧客層も生まれている。

全体量としては下がっているかもしれないが、産業としては1980年代頃に比べると悲観的ではないという印象でしょうか

お答え頂いた内容を今一度読み直してみると、

1980年代、日本だとバブルの頃になるでしょうか、

色々と変わり始めた、あの時代から始まった大量生産・大量消費の風潮は未だ強いながら、

ものつくりや産業のあり方の見直しはされてきている。

それはイタリアでも日本でも同じことなのだなと、改めて思いました。


まとめ


いろいろと貴重なお話を聞かせていただいた

今回の長谷川喜美さんのトークショー。

まだまだ勉強したいことが山程あるなぁと実感致しました。

トークショー後もサイン会でお忙しそうな長谷川さん。

わたしもサインを頂き、写真も撮らせて頂きました。

長谷川さんありがとうございました。

マリネッラ(Marinella)のネクタイ セッテピエゲをオーダー!六本木にナポリからアレッサンドロ氏来日

2018年4月20日 イベント | ファッションイベント

世界を代表するナポリ生まれのネクタイ

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

マリネッラは今や世界を代表するナポリ生まれのネクタイブランドである。
でも、実はマリネッラの凱旋展は数えるほどしかないことをご存知だっただろうか?

ナポリ、ミラノ、香港、それに東京だけなのだ。

東京は丸の内と六本木ミッドタウン、ここにネクタイのマリネッラナポリの店舗がある。

19世紀に開業して、今も世界中の著名人の心を引きつけてやまないマリネッラの創業者はエウジェニオ・マリネッラ。
第一次世界大戦の直前、1914年、エウジェニオ・マリネッラは小さな紳士服店をオープンさせる。
その後、ドレスシャツとネクタイを仕立てる工房を開いた。

オバマ米大統領やサルコジ仏大統領が愛用し、1994年のナポリで開催されたサミットでは、イタリア首相から各国首脳へプレゼントとして贈られたのも有名な話である。

今回、マウリッツィオ・マリネッラ氏は来日されなかったのですが、マリネッラの長男、アレッサンドロ・マリネッラ氏が来日して開催されるオーダー会がある、というので事前予約をして行ってみることに。

六本木 ミッドタウンのマリネッラへ(個人的な買い物日記)

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

六本木ミッドタウンのマリネッラ店舗に到着。早速入ってみることに。

すると、店内はすでに大変な盛況だ
そしていつもネクタイが並んでいる棚には、まだネクタイになっていない生地たちの姿が!

マリネッラのオーダー会は生地から選ぶ

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

マリネッラの小さな店舗に足を踏み入れると、そこには上質なシルクたちが。
マリネッラのナポリ本店に用意されている、貴重なスミズーラ生地がずらっと並んでいる。

この棚は、普段はネクタイが美しくディスプレイされているんですが、この2日に限ってはネクタイではなく生地がディスプレイされていた。

マリネッラに限らずネクタイは生地を折って作られる。
当たり前といえば当たり前なのですが、こうして生地が並んでいると改めてそう感じないだろうか?

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

ネクタイの形になっていると選びやすいと思いますが、生地の状態ではイメージがし辛いかもしれない。
実際に生地を当てながら、想像力を膨らませて選ぶ必要がある。

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

このゾーンに並んでいるネクタイ生地は、ヴィンテージアーカイブといって、簡単にいうと昔作られていた色や柄の復刻版。それを24ozという贅沢なシルクを使って表現しているコレクション。

それぞれの生地には年代が記載されている。

これだけ種類があると選びがいがある。

もともとマリネッラのネクタイは、店頭に並んで即完売ということも珍しくない。
私は、事前にこういう方向性にしよう!と決めて来店していた。
これだけのネクタイ生地がありますと、イメージに合うネクタイ生地はすぐに見つかった。

楽しい!

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

1975とある。
私が生まれたのが1978年なので、私よりも3つ上である。

アレッサンドロ・マリネッラ氏に選んでもらった

ということで、私ならこれにしよう!というネクタイは見つかっただが、せっかくなのでアレッサンドロ・マリネッラ氏にネクタイを選んでいただくことにしよう。

大きなコンセプトを3つだけ伝える。

・今回はネイビーのネクタイにしようと思っている

・ブライトなネイビースーツやグレージュのスーツに合わせる

・小模様

どんな提案が飛び出すのだろう?

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

ということで、アレッサンドロ・マリネッラ氏に3つのテーマを伝えた。
すると・・・

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

これが良い!

と、すぐに提案していただいたのがこちら!
これは、さきほど私が選んだネクタイ生地とまったく同じだった。
これだけネクタイ生地があり、同じ生地は2つとないわけです。アレッサンドロ・マリネッラ氏は私がこの生地に目星をつけていたことはもちろん知らない。

ということで、開始早々5分で決定となった。

せっかくなので、他にも提案してもらったところ

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

あまりにもピタッときたので、アレッサンドロ・マリネッラ氏は他にどんなネクタイを提案なさるのだろう?と、聞いてみた。

これもいいよ!と出てきたのがこちら。

アクアブルーにブラウンが混じった、涼感漂うネクタイ
美しい配色である。

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

もう一つ、少しフレンチテイストならどう?と聞いてみたところ、提案していただいたのがこちら。
「ソラーロのスーツにも合うよ。」とアレッサンドロ・マリネッラ氏。

東京だとどうしてもコンサバティブにまとめてしまいがちですが、こんな鮮やかな1本があっても良い

ということで、今回はネイビーの生地に決定!

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

ということで、今回はもともとネイビーの小模様をイメージしていましたので、アレッサンドロ・マリネッラ氏が最初に提案してくださったネクタイ生地を使って、セッテピエゲ仕様で作っていただくことになった。

ネクタイをオーダーする場合、採寸してもらうのも一つ

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

ネクタイをオーダーする場合に、生地を選べるだけではなく長さや太さも選べるところもオーダーの醍醐味である。

マリネッラはクラシックなネクタイが多いので大剣9センチの、太いネクタイも多いのですが、最近百貨店やセレクトショップに販売されているタイは8センチ台のものが多い。

私はネクタイは大剣が9センチ以上あるクラシックなものが好きなので、今回マリネッラでも過去存在したという9.5センチの大剣巾でお願いすることにした。

ネクタイの長さ

ネクタイの場合はどんな巻き方で巻くのか?によっても長さを考える必要がある。
私はネック実寸34と細身だが、ダブルノットが多いのであまり短くてはバランスが取れない。
とはいえ既製品のネクタイではしっくりくることが少ないので、採寸を経て自分仕様で生まれてくるネクタイは貴重である。

ところで、長年、採寸をする立場にあったので、採寸されるというのは不思議な気持ちだった。
20代の時に採寸をしてもらい、仮縫いを経てスーツをあつらえてもらったことがありましたが、その時以来ではないだろうかと思う。

誰かに何かの採寸をしてもらう、という経験でいえば、数年前のこと。
自宅の窓が割と大きくて、カーテンではなくてバーチカルブラインドという、小さな布がそれぞれ回転して光を差し込む縦型のブラインドを購入したことがあった。

この場合、窓枠に沿って設置するので、専門家に採寸を依頼した方が安心だと店舗で言われた。
そこで日時を予約して採寸に来てもらう。

採寸をしてもらうと、スッスッと作業は終わる。
さすが測り慣れているな?と思いつつ、窓は直線的な採寸なんですよね。
こうやって人間の体を計測する採寸は、基本的には曲線もありますし、ネクタイの場合どう巻くか?でも長さを変えなければいけないという難しさがある。

ネクタイの採寸箇所はそれほど多くありませんが、スッとメジャーを手際よくひかれ、さっと計測されていった。

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

長さを計測。

私が持っているマリネッラの既製品ネクタイよりも2センチだけ短くしよう、というアレッサンドロ・マリネッラ氏のアドバイスが加わった。私もちょうどそのくらいが良いな、と思っていまして、感覚とぴったり一致したので、オーダー1本目から良いものができそうだな、と思ったのだった。

こうして個人に合わせた一つのタイは、ネポリで作られていく。

ネクタイの完成は3ヶ月後

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

アレッサンドロ・マリネッラ氏と、うちのアシスタントH。
Hくんはマリネッラのソットブラッチョというバッグが好きで、ブラックとブルーの2色を持ち歩いていますが、この日はブルーのソットブラッチョを持っていた。

マリネッラ(Marinella)のネクタイ

マリネッラのネクタイがオーダーできるオーダー会は、独特の色柄の上質なシルクのネクタイ生地を使って、好みの太さや長さでネクタイをオーダーすることができる、貴重な機会だった。
うちもオーダーの仕事をしているが、改めてオーダーって楽しい、と思った。

完成は3ヶ月後だそうで、今から完成が待ち遠しい。
また完成したらこちらのブログでご紹介しようと思う。
現在、私が持っているネクタイの8本がマリネッラで、今回の1本で9本目となる。
また買いに行こう。

ということで、自分を表現するネクタイ1本にもこだわってみようか?

さて、明日は何着よう?

関連記事

スーツウォーク 2日目は大西基之先生はじめ中村達也さん、鴨志田康人さん、鈴木正文さん、吉國武さんらが登壇した講演

2018年3月20日 イベント | ファッションイベント

スーツウォーク 2日目

スーツウォーク2日目。

場所は台湾の首都、台北。

スーツウォークの2日目、それは大西基之先生が登壇する日だ。午前9時、今日の講演の場所である華山1914文創園区へと到着する。

スーツウォーク、2日目の開始予定は午前11時から。

なので、2時間前に到着したのだがそれらしき方々の姿はそこになかった。
お店もまだ開いていなかったが、そこにチェックのブルージャケットの台湾青年を発見した。

良かった、場所自体は間違っていない。

10時を過ぎたころにはすっかりスーツ姿の青年が増えていた。
私はいざなわれるように大西先生のいる楽屋にやってきた。
楽屋にはメイク用の鏡があった。大西先生をはじめ、今日講演をされる方々も出入りされていた、その顔ぶれを目の当たりにして一層ピリッとした。大西先生から本日の進行をお伺いする、いよいよだ。

4月3日(火)大西先生の講義があります

ところで大西基之先生の講義は、4月3日にも聞くことができる!

これは、メンズウエア素材の基礎知識講座といって、何か服やファッションに関わる仕事をしている人向けの講義だ。

2ヶ月に1度東京・表参道で開催される10人くらいの小さな講義だが、後半では今回台湾講演で話されたスーツの着こなし論も飛び出す3時間。気になった方はぜひチェックしてみてほしい。

いよいよ講演がスタート

まずはビームスのクリエイティブディレクター中村 達也さんの講演から。

スライドには、突如ルーズなダブルブレストのスーツが登場!
太いシルエットが当たり前だったスーツ時代から一転、英国テイストのタイトフィットスーツにシフト、そこからイタリアンスーツのブームが巻き起こる日本のスーツトレンドの推移からお話は始まる。

当時、日本でいうイタリーのスーツといえば、派手なステッチが入っている大げさなデザインなどデフォルメされたものばかり。
中村さんはイタリアに渡る。すると現地の方々は上品なスタイルだった。
それをいくらメディアで伝えても理解されない日々が続いたそうで、ようやく本物のクラシックなスタイルが日本でも知らるようになる。

時代は、中村さんに追いついた。流れをいち早く掴んでいるから、ビームスは多くの方から支持されてきたのだ。

自分の引き出しを作ることがおしゃれをする上で面白い

続いてユナイテッドアローズの鴨志田 康人さんは、影響を受けた人物について。

そこに突如映し出されたのは、エドワード8世の姿だった。

歴史を知る、スタイルを作る。

鴨志田さんは自分の引き出しを作ることがおしゃれをする上で面白い。とおっしゃっていた。

料理に例えるなら、いい食材を使うことも大事だが、基本の作り方も大事。と。

そして食材の特徴を知ってること。
このジャケットは70年代のもの、だったらシャツ、タイもその時代の物を取り入れる。
こうすることで物の良さを引き出せる、それをどう自分流にアレンジするか?僕はそういう考えが好き。

そう鴨志田さんは締めくくる。
服を装う、そのために歴史を知る。
知ることで着こなしに深みが出るのだ。

ラルフローレンとカルバンクライン

「かっこいいでしょ?」

かっこいい、どうしたってかっこいい。

GQジャパン編集長の鈴木 正文さんの講演、スライドにはラルフローレンが登場した。

ラルフローレンは、貧民街に住んでいた。
同じ貧民街に暮らしていたのがカルバンクラインだったという。

鈴木さんはカルバンクラインにもラルフローレンにもインタビューされたという。
カルバンクラインは、幼いころおよそ10歳上のラルフローレンのことを知っていた。

カルバンクラインは思った、なぜあんなにかっこいいんだ?ラルフローレンは。
お金がないのに、かっこいい。

ラルフローレンには、幼く貧しいころから憧れていた人物がいたのだそうだ。
憧れの人物こそ、先ほど鴨志田さんの話で登場したエドワード8世だ。

こうして鈴木さんの講演は、トムブラウンの魅力、VANの石津さんの魅力について語られた。

日本のものづくり!吉國社長

シャツメーカーを120年続けてやられている、吉國武社長。

「日本の工場は1980年代、いったいいくつあったと思いますか?」と吉國さん。

その数、400。

さて、今はいったいどのくらいなのだろう。

今、イタリアのフィレンツェやミラノ、ナポリなどの小さな工場で60あるのだそうだ。

しかし2015年の日本はそれよりも少なく、40しかないのだという。

大量生産をして、大量に消費をした日本。
たくさんありすぎて飽きてしまったのだ。

「持続可能な、開発を!今日はイタリアの方もイギリスの方も台湾の方もいらっしゃると思いますが、スーツを楽しもう!ということで工夫をしています。」

日本で作るシャツと、海外で作るシャツ、何が違うんですか?

会場からは質問が飛び出した。

「海外で作るのは、1枚作るのに25分かかる。
これは大量生産、たくさん作るのに向いてる。

僕の工場では55分かかります。
違いっていうのは、25分は80工程をやります。

僕の工場では120工程です。ここをミシンで縫ったり、ここをハンドメイドにしたり、ここをダブルで縫ったり。手間をかけてる。」

いよいよ大西基之先生が登場

「大家好!我叫大西。」

大西先生、中国語での挨拶。

みんなに会えて嬉しいよ!と中国語が続いて、どっと会場が湧く。

大西先生は移動中もところどころ中国語を使っていた。イタリア語を話せるのは知っていたが、今回の台湾スーツウォークに向けて中国語も勉強されていたとは!

スーツは魔法の服

スーツは魔法の服、と講演ははじまる。

「50年前に、僕が教わった先生がいるんです。その先生がおっしゃっていたのは、スーツは、魔法の服だと。」

もともとアフリカの人は民族衣装を着ていて、日本でも和服を着ていた。
それが今や、世界の共通認識のビジネスウエアがスーツだ。

「サミットで民族衣装着てる人はほとんどいないよね。

みんなが民族衣装捨てて、スーツになったんです。

スーツを着てると、どんな身分の人でもそれなりに見えてしまう。安心感っていうか、日本語だと孫にも衣装ってあるんだけど(笑)
それがスーツの魔法。」

フロックコートを着て日中過ごして、テイルコートで夜食事をする。
それがスタンダードな時代が続いていたなか、突然変異が起きる。
ラウンジコート(ラウンジスーツ)の誕生だ。

それは着丈が短くて、ソフトな服。
今のスーツの原型と言われる形だ。

こうしてフロックコートからスーツへ、きちんとした服も移り変わっていった。
そして今もそれが続いている。

「そのスーツは、着るだけでそれなりの人に見えてしまう、まさに魔法の服なのです。」

大西先生はそうおっしゃった。

スーツを着こなすには歩き方も意識する

以前、メンズウエア素材の基礎知識の講義の中でもこうおっしゃっていた。

「上衿と下衿、袖が付いていて、ボタンがある。紺の無地のスーツを着ていれば、ある境遇の保証する服。みんなどうしてちゃんと着たら良いのにね。」

洋服は着るという行為はとても簡単だ。
シャツを着て、ボタン留める。
上着の袖を通す。
と、こういったことならば教えられなくとも子供でもこうやって着るんだろうということはわかる。

けれど服は着るだけでは半分でしかない、という。

「スーツは、着ることはとても簡単。でも、ちゃんと見せていくのは難しいんですよ。例えば、歩き方や態度、行動、振る舞いかな。」

大西先生の師匠が言ってたそうだ。
西洋の服は誰でも着れる、と。

普段電車に乗って通勤をしているビジネスマンも、日本の場合は確かにスーツを着ている。
だけど、誤解を恐れずにいえば、それは袖を通しているだけと受け取れないだろうか?
スーツを着ているのだろうか?

「洋服を着た時の動き!日本人は和服で育ってるんで、歩き方も歩幅が狭い。チョコチョコチョコって。
かなり意識してやらないと、服ってのは動きが大事。」と大西先生。

飛び抜けて高級な良い仕立てのスーツ、大枚を叩いて買ってきた。
でも、姿勢は悪い。
ドスン、と座ってスネが見える。

そのスーツ安物に見えてしまう。

「振る舞いがすごく大事なわけよ。仕事で何度もイタリアへ行くけど、公園に行くと僕と同じくらいの歳の方が散歩してる。ゆったりした歩いててかっこいい。」と以前おっしゃっていた。

いいスーツを着て、歩き方まで意識する。
これが着こなす上で大切なことなのだ。

確かにイタリア人が載っているスーツの写真を観ると、今どんな服が流行ってるのかは掴める。
だけど、歩き方や振る舞いまではわからない。

「いい服を着る、そして立ち振る舞いも美しくないと。」

スーツウォークはまさに立ち振る舞いのコレクションだ。

彼にネクタイをプレゼントしてはいけない

そしてコーディネート。
スーツ自体が良くても、シャツ、タイ、ベルト、トータルコーディネートが大切だと大西先生は言う。

さらに素材も意識してコーディネートする!というポイントが語られた。

コーディネートといえば、例えばネクタイ1つとっても深い。
大西先生の師匠の著書の中にこんな話しがある。

「セビロにマッチしないネクタイにもふた通りあり、《ひとつは第一ネクタイとしてよくない。》《ネクタイとしてはいいが、服との調和がよくない》をあげることができる。」

大西先生が師匠の本を紹介されていた時、奥さんや彼女がネクタイを相手にプレゼントすることは、迷惑をかける可能性があるよ。とおっしゃっていたことがある。

ネクタイだけがとってもオシャレだったとしても、専属のスタイリストのように相手の服を熟知していないと、コーディネートできない、という意味だと私は受け取っている。

どんな職場なのか?
どんな仕事をしているのか?
どんな風に見せる必要があるのだろう?
どんな素材のスーツで、それは起毛しているのか?さらっとしているのか?

それは、24時間彼の事を考えてみたってわかりっこない。

コーディネートはバランス!ネクタイだって難しい

男のこだわり、戦闘服。

その中で実はネクタイ一つとっても本当に難しい。

服との相性がある。
次に、似合うかどうか、もある。

ネクタイ自体が良い物なのかどうか、もある。

ネクタイを締めない人にはわかりづらいかもしれないが、締め心地も1本1本変わるし、シルク、芯地、結んだ時の長さとか。

難しいけど重要なコーディネートのポイントに、ネクタイがある。

以前ニューヨークとワシントンでの著者 安積陽子さんにお話しをお伺いする機会があったが、アメリカの上流階級の方はネクタイ1本で120%の力を引き出せるよう、徹底的にこだわる、悩む。
1本のネクタイを選ぶために1時間、2時間と時間をかけて吟味する、そして大切にする方も少なくないのだそうだ。

コーディネートはトータルで考える

大西先生は、たくさんのシャツを持っているがそれでも納得したシャツはあまりないのだそうだ。

「服ってのは人間の身体に近いほど難しい。ワイシャツって非常に難しい。」

スーツを着こなす、その中でつい手を抜いてしまいがちなのはシャツではないだろうか?

フィット感、素材感、しっくりくるシャツは着こなしの入口だ。
シャツ、ネクタイ、時計、靴、全部フィットして着こなしが完成する。

「ネクタイ、シャツ、タイ、ベルト、靴、バランスが取れてないと。
コーディネート=バランス。
そして、素材も重視したコーディネーションとカラーコーディネーション。」

タイ、シャツもどう時代背景にこだわるか?と鴨志田さんがおっしゃっていたお話にも通ずるのだが、スーツや靴が一人歩きしていてはいけないし、細部にこだわっていくと深みが滲み出るもの。

「僕なんかは素材感のコーディネートっていうのを考えるべきだなって思いますね。イコールそれは、美意識に繋がっていくと思うんで。やはり自分の美意識を磨くと、コーディネーションをうまくできるようになるんです。」

スーツファッションとは、決してお金持ちの道楽ではない。
もちろん装うには最低限のお金はかけないといけない。
でもそれは、人と会うエチケットであり、自分を表現する最高のプレゼンテーション。
2度3度の飲み代を削ったって、そこに投資を惜しんではいけないのだ。

そしてTPO

「洋服にはルールがあるんですよ。

ルールをちゃんとしてないと、西洋人から見たらおかしいと言われる。

TPOをちゃんとしてないと。」

日本の22時に、モーニングコートを着て記者会見をしていた安部総理の姿があったのだそうだ。
忙しかったのだろう。

でもモーニングコートは日中に着る服なのだ。
そういったことを、例えば日本の秘書や側近の人間も知らないから指摘できないという。

世界から見ると奇妙な記者会見だったわけだ。
そして大西先生もそこを見逃さなかった。

「サミットで、当時麻生さんが総理で。みんながダークスーツ着てるのに、彼だけブルーグレーの明るいスーツ着て。浮いてて、僕らから見ると恥ずかしいんだけど。TPOって大事。」

階層社会が文化を作る

台湾スーツウォーク2日目のイベントに、大西基之先生が登壇されるということで台北にお話しをお伺いしに行ってきた。

日本はアイビーというスタイルが一斉を風靡した。
そんなこともあって、大西先生の世代の方で着こなしに精通した方がいる。

一方台湾は1988年にようやく戒厳令が解除される。

スーツを着る文化、その点では少しだけ日本が先をいっている。
でも、スーツ文化自体はもともと西洋のもの。

「服の発達からすると、 ヨーロッパは階級社会がある。だから良い物と段階があるよね。」

大西先生は、ヨーロッパの階層社会こそ文化が育つ要因だという。

ヨーロッパの上流階級というと一般の人とは違ったお店で食べる。
車も、行くところですら一般庶民とは違う。

「貯金してアットリーニを買う!って若い人がいるよね。
買った靴を履かないで、ネットで売っちゃう人も・・・おかしいよね。
トップダウンじゃないと。
ダウンしてこないから、良いものがわからないの。」

日本の和服を海外の方が着た時、スタッスタッと大きく歩いている女性を見たことがある。
和服は、小股でたたたたたっと歩くのが美しい。
海外の方が和服を着ると、日本人ならあの着こなしは変だな・・と思うことがあるかもしれない。
日本のスーツスタイルも欧米諸国から見たら逆にそう見えてしまう。
ビジネスができる人なら、そこで減点されるのはもったいないことなのだ。

台湾はパワーで溢れていた

台湾の方はとてもパワーであふれていた。
スーツも個性が表現されていて、日本で見るビジネススーツとしてのスタイルではなく、もっとファッショナブルに自己表現をして楽しんでいる印象がある。

ぎっしり埋まった、満席の公演会場。
各ゲストの方々が話し終えると、その度に手が挙がる。
熱のこもった質問が飛び出す。
質問は中国語だから聞き取れない、でも、強いその口調と真剣な眼差し。
熱量はここまでググッと伝わってくる!

日本で見ない光景だ。
国際ビジネス感覚を持っている台湾の方々から、我々日本人こそ学ばないといけないことがあるのではないか、と思う。

装うって何だろう?
自分の好みで着るのも楽しい。

でも、服装にはいろいろなルールもある。

着こなしを知って、世界に出て恥ずかしくないスーツスタイルを日本人一人一人が心掛けられたら、どんなに素敵だろう。

さて、明日は何着よう?

・・・・・・・・・・・・・

講演なさっていた中村達也さん監修の鉄板の書籍です。

大西基之先生の著書、業界のバイブル、メンズ素材の教科書です!

4月3日 大西基之先生にお会いできます!素材と着こなしの講義

スーツ好きが集う!台湾スーツウォークはアジア最大級のファッションイベントだった

2018年3月13日 イベント | ファッションイベント

スーツで歩くイベント?

台湾スーツウォークとは、スーツやジャケットなどを装って台北の街を歩くという台湾のビッグイベントで、今年が5回目の開催となる。

日本から数時間の国、台湾。台湾、スーツ、歩く?

最初は全く意味がわからずにいた私。

大西基之先生はメンズウエア素材の基礎知識講座の冒頭でポロっと言った。

台湾スーツウォークってのがあってさ、そこで話すことになってね。

そう話された講義の日は、2月6日。
なんだそりゃ?と思いつつも、興味津々。

それから自然と月日が過ぎた。日々の仕事を進めていくうちに、久しぶりの半日だけオフがとれた。
それは2月15日木曜、私は近所で評判の台湾料理を一人食べて過ごしていて、その時、パッと閃く。行こう!

私も行けませんか?ちょうど腸詰を食べて台湾ビールを飲んでいるとき、突然降ってきたかのように思い立った。で、同時に右手は大西先生にメッセージを送っていた。

偶然にもメッセージを受けたその場には、大西先生をアテンドする方がいたらしい。
すぐに聞いてくれたようで、「いいよ!」とすぐに返事がきたのだった。
ご縁とはこんなものだ。私はすぐにパスポートの残存期間を確認する、予定を調整する、驚くほどスムーズだったので、思わず2度メッセージを見返した。

ということで私、台湾に行って大西基之先生のアシスタントとして歩いてきます!

台湾の高層ビル 台北101に集結

スーツウォーク

台湾の高層ビル、台北101に続々と集まってくるスーツやジャケットスタイルの男性たち。ここ101は近年ドバイのブルジュ・ドバイに抜かれるまでは世界一の高さの建造物だったことでも有名だ。

今年のスーツウォークはこの台北101が出発点。

異様な空気を放つフロア

まずは台北101の4階フロアへ。

明らかに異質な空気を放っている、それもそのはずでファッショナブルな男性と女性がここに一同に集結しているからだ。
私も台北の街を数日歩いてみたところ、それほどスーツ姿の男性を見かけることはなかった。
女性に関してはスーツ姿はまったく見ない。
ここ台湾ではビジネスにおいての服装がスーツ必須というわけではないのだ。

台北市街を歩いていても日本のように当たり前のように黒スーツを着ている姿を見かけることはない。
だからこの101の今日の4階は台湾の人たちにとってもおそらくハロウィーンのように異様な光景なのだ。本当にここは台湾なのだろうか?先ほどまで過ごしていた台北と別世界。

まるでピッティウオモのようにあちこちで撮影がスタート

到着すると、あちらこちらで撮影会が始まっていた。そして洒落た人を見つけるのにそう時間はかからない、声をかけて撮影が始まる。

イタリアのピッティウオモが台湾支店展開をしたかのように、こうしてイベントは始まった。
まず、台湾スーツウォークの創始者ブライアン・シン氏からの挨拶だ。
そして、いよいよ日本からのゲストが紹介される。

日本から服飾業界の重鎮たちが!

はじまった!

ブライアンの司会で始まったスーツウォーク。

今回主催しているGQジャパンの編集長鈴木正文さん、ビームスのクリエイティブディレクター中村達也さん、ユナイテッドアローズのクリエイティブディレクター鴨志田康人さんに並んで、大西基之先生と吉國武さんがいらっしゃる。

そして120年続くシャツ工場、ヒトヨシシャツの代表吉國武さん。

恥ずかしながら吉國さんは写真でしか知らなかったのだが、その圧倒的な存在感と実績に魅了されます。

そして!メンズウエア素材の基礎知識講座の講師としてお越しいただいている、大西基之先生!!大西先生はウールリネンのグレースーツで登場。ポケットチーフはオレンジ!

拍手喝采で迎えられた日本の服飾業界を代表する人々。そして今回は協賛となっている生地の織元、チェルッティのジェイソンバスマジアン氏の姿も。

チェルッティはイタリアで一貫生産をする織元の一つ。独特の色使いやしなやかな糸からなる生地に定評がある。イギリスは原毛を糸にして、生地として送り出すところを全て分業している。フィニッシャーという仕上げの工程を行うところは、イギリスは1つしか残っていない。つまりイギリス生地であれば同じ仕上げになるのだ。ところがイタリアは羊などの原毛を入れて、染色をして糸にして、生地を織って仕上げを行う工程を全部自社内でやってしまうのだ。だから独自の生地が生まれる。オリジナリティも生まれる。

鈴木さん、鴨志田さん、そして大西先生・・・

この夢のショットは、目に焼き付けておかないと。

一斉に切られるシャッター。

みなさんエレガント。改めて大西先生の人脈も見せつけられた。

スーツウォークに出発

いよいよ舞台を一階フロアに移し、およそ700人が台北の街を練り歩く台湾スーツウォークのスタートだ。

階段を埋め尽くしたスーツウォーク参加者。
情熱がここまで伝わってくる。

人数もさることながら、この人たちがみなドレスアップしているというのもまたすごい。

カシャッカシャッと一眼レフカメラのシャッターを切る音が止まらない。

大西先生も列の先頭に並び、カメラに手を振る。

それではスーツで歩きます

台北101をスタートした一同。

台北は気温22度。でもファッショナブルに涼し気にコートを羽織り、カメラに目を向けてくれた。

どこか親しみやすい内面がにじみ出てるこの服装、日本ならコンパクトにまとまってしまい、無難になりがち。

美意識の高い台北の人々。

台湾の人々は、自由に自分を表現しているようだった。この色合わせ、冒険では?この柄にこの柄を?という主張の強い着こなしも多い。

普段着ない新鮮なスタイルをして楽しむ、スーツを通して自己表現をする最高の場だ。

大西基之先生も、歩く!シャッターが切られる。

服はただ着るだけでは半分。これはまさに大西基之先生の言葉だが、コーディネートと動きがセットになって完成する。それにしても歩いているだけで様になる大西先生。

「面白いね、このイベント。こういうの日本でやったら成立するのかな?」と大西先生。

日本は仕事でスーツを着用するのはごく一般的。だからもうちょっとコンサバティブになるのかもしれないが、こんなイベント(装う場)があったなら何をどう装おうか?と当日に想いを馳せてスーツやジャケットを買ったり仕立てたり、今一度お気に入りの靴を磨きこんだりと自分を見つめ直す良い機会になるかもしれない。

イベント広場に到着して記念撮影

大西基之先生と、最初のポイントに到着。

絶好の撮影スポットがこの噴水だ。ここに座った絵は、まさにピッティウオモ。台北は気温22度と3月の東京より1.5ヶ月先を行く気候。

ここではファッションショー、ダンスが行われるのだが、次々と焚かれるフラッシュ、街ゆく人はスマートフォンで撮影する。一緒に写真撮りません?とあちらこちらで声がかけられる。

こんなエレガントな紳士が並ぶショット、日本で見ることができるだろうか?

素敵!

会場にはDJブースも出現。

DJはボタンホールの一番先だけ色を変えているあたり、スミズーラ?

土曜の午後のゆるやかなひととき。

大西基之先生、仲が良さそうだ。

吉國社長のスカーフも秀逸。
ダブルブレストのネイビージャケットには、TVフォールドで白のチーフ。

鈴木正文さんは、翌日拝聴させていただいた講演のラストで、

「日本と台湾、スーツスタイルはどう違いますか?」という講演の質疑応答で質問していた台湾の方に対して、

「(スーツウォークの)インスタ、見たよ。こだわり方に個性があっていいよね。」とおっしゃっていた。

みんな、スーツを楽しんでいる!本当にそんな感じがする。

そしてスーツウォーク終点へ

こうして一同は今日の終点、華山1914文創園区へ。

ここは日本統治時代の酒工場の跡地。現在はクリエイティブアート空間に生まれ変わり、様々なショップや展覧会も行っている。

続々とスーツウォーク終点に到着。

スーツウォーク創始者ブライアンさんとアドレスを交わす若きジェントルは、モーニングコートを着用!

ヘネシーのブースやラルフローレンのブースも出現し、台湾スーツウォークは一気にノスタルジックな雰囲気に。

こうして初日は終了。そしていよいよ翌日は名だたる方々の講演、大西基之先生は午後1番!

大観衆の中、舞台に上がる大西先生。

会場に入りきれなかった人のために、屋外にはモニターが設置されていた。

まとめ

スーツウォークが始まって5年目。
この日を待ちわびた紳士は少なくないだろう。

かくなる私もスーツウォークに参加すべくジャケットスタイルで会場に向かった。

ホテルのフロントを横切ると、上から下まで舐め回すように見られた。
ホテルを一歩出て台北の街を歩くと、異様な視線を感じた。

なぜ?

日本の街を日本人がターバンを巻いて歩いていたら思わず振り返ってしまうだろう。そんな風に台北ではファッショナブルなスーツスタイルは奇異な服装なのだ。

台湾でスーツが好きな人にとってはとても残念なことかもしれない。

どうしたの?今日は結婚式に参列?と何度言われたことだろう。

スーツ文化が台湾で当たり前になる日が来たら、こんな嬉しいことはない。

そこで見た、台湾の紳士の意外な反応とは?

次回

さて、明日は何着よう?

サルトリアイタリアーナ出版!長谷川喜美さんのトークイベントでイタリアサルトのスーツ事情や裏話を聞いてきた

2018年3月3日 イベント | ファッションイベント

銀座シックスの蔦屋書店へ

まずは表参道から銀座へ移動。

銀座シックス

普段世田谷区でのんびり過ごしている私。

サロンのある慣れ親しんだ表参道を離れ、銀座へ!

なんとか銀座シックスに到着!

早速入ってみます。

蔦屋書店

蔦屋書店は6階!

エスカレーターを登ります。銀座シックス6階へ。

服飾業界の重鎮の姿も!

会場に到着。

まずはイタリアのスプマンテが振舞われる。
次々と入場する方々の中には、やややっ、服飾業界の重鎮の方々が!

大西基之先生もいらっしゃった!

緊張で汗がしたたり落ちる中、なんとか振舞われたスプマンテを飲んで心を落ち着かせる。

スティングが持っているワイナリーのだって。おいしい!

サルトリアイタリアーナ出版のきっかけはカノニコ社

トークイベントはこうして始まった。

ところで、ヴィターレ・バルベリス・カノニコはご存知の方も多いはず。

今まで書籍はサビルロウやビスポークスタイルといった、英国のスーツについての書籍が多かった長谷川さん。
それが、一体なぜ一転してイタリアの書籍を出したのだろう?

実はそのきっかけはイタリアの生地の織元、イタリアのヴィターレ・バルベリス・カノニコ社のCEOとのこんな話から始まったのだった。

ジャーナリストの長谷川喜美さんのトークイベントがスタート!

今までサビルロウとビスポークスタイルでイギリスの仕立てを取材して書かせていただいたわけですが、メンズファッションの2台潮流はイタリアの仕立てとイギリス仕立て。

イタリアはどうかな?と思っていたんですが、1章になっているイタリアのヴィターレ・バルベリス・カノニコという会社とご縁があって、彼らの話を聞きまして。

彼ら自身も、2016年の時点でイタリアのサルトリアは750しかない、毎年8%ずつ減少している、と。
もし本当に減少していったら10年くらいでサルトリアの文化は途絶えちゃうんじゃないか?と危惧もされています。

サルトリアは一人非常に有名なマエストロがいて、マエストロが亡くなるとそのまま途絶えてしまうといところも多いので、いま作らないと、マエストロたちは平均70歳を超えているので、こういう本は作れないんじゃないか?とヴィターレ・バルベリス・カノニコの人たちに言われまして。

よくよくリサーチしたら、すごく有名なアントニオパニコ、アントニオリベラーノさんもお元気なんですけど70歳、80歳を超えている人が多いので、もし機会があればこれを一冊に出来たらいいんじゃないか!と思いまして。

CEOとクリエイティブディレクターに、サビルロウを見せて、こういう本を作りたい!と。

これと同じようなクオリティの本ができるならあなたに投資をしよう。と許諾が降りまして。
このスポンサードのもと、27サルトをまわる。
今は出版業界は厳しいので、雑誌はもとより本の執筆も難しい状況なんですね。今回は幸運をえて、北はトリノから、そこから最後パレルモまで全部のサルトリアを取材しました。

サルトリアイタリアーナ(Sartoria Italiana)長谷川喜美 トークイベントより

今、1つの文化が消滅してしまう危機を迎えている。

職人の世界は後継者がいないために、その世界ごと消えつつあるというのは日本にもよくあるストーリだ。
イタリアで失われつつあるのがサルトリアの世界、仕立て屋たち。

長谷川さんと、ヴィターレ・バルベリス・カノニコのシモーネ・ロベルティ・ロッソと、イギリスのフォトグラファーライカと契約している有名なカメラマン、ルークカービーと組んであとはサポートが付くというスタイルで、27のサルトを3年かけて取材して、1冊の本にまとめるという壮大な企画が始まった!

10年後になくなってしまう可能性も

イタリアには750軒のサルトリアがある。

「実際は750サルトリアが残っているということを考えると非常に多いように感じられると思うんですね。
ただそれが毎年8%ずつ減少していっていて、それを継承するシステムがないってことを考えると・・・。」

750、というと決して少なくないようなイメージなのだが、年間8%ずつ減少しているのだそうだ。750軒の8%は60軒。こうして増えるわけではなく減っていくとおよそ10年後には0になっているかもしれない。書籍で紹介されているサルトは若手もいるが老舗が多い。

「イタリアの中でまだ数は残っているとはいえ、危惧している部分です。

マエストロ達にインタビューすると、自分が若い時はここの街だけで500くらいのサルトがいた!って言うんですよ。
こんな小さい街に500?って思うんですけど、実際は家族でやってるような小さいところがたくさんあって、それが競い合っていたから技術的にも高いものができたという部分もあるんです。」

イギリスとイタリアでは構造が違う

イギリスには1つのスーツの型、ハウススタイルというのがある。

まず、ヘッドカッターと呼ばれる人間がいて、その店のハウススタイルを作るわけだ。
さらにアシスタントカッターもいて、誰がやってもちゃんとそのテーラーのスタイルを再現できる仕組みになっている。だからイギリスのテーラーの服は継承していける。

ところがイタリアは違う。

いわゆる師弟制度で成り立っている。
だから例えば学校でパターンが引けるようになったらサルト(テーラー)に弟子入りをして、そこの技術やスタイルを学ぶ。
そうして独立して、自分なりの美学やスタイルなどエッセンスを加えていく。だからイタリアは個性豊かなサルトで溢れている。

「スミズーラっていうのは、作る人、カッターのセンスというか、美意識によるものが多いので、1つ1つのサルトによって、スーツの形が違って、美意識も違って。イタリアの多様性っていうのは少しずつ失われてしまうような結果になると思います。」

ところがそういう仕組みだからこそ継承していくことが困難なのだ。

「もう1つ、例えばナポリだとキートンやアットリーニのような大きい会社で職人を抱え、分業制にしてビスポークの仕立てを作らせるような、非常に良いメーカーがたくさんあるんですけど、どうしても(サルトリアは)職業として安定しないので、どんどんそういうところで就職してしまうわけなんですね。」

イギリスのサビルロウは、小さな通りに20くらいのテーラーが立ち並ぶ。

それに対しイタリアのサルトは、数でこそ750。

でも毎年個性的なサルトが消えてしまっている。

3年間の取材を経て、サルトリアイタリアーナという本が産声を上げた。

サルトリア文化を残したい!厳選された27サルト

本当に美しいですよ、この本、サルトの博物館。

長谷川さんによれば、有名なサルトはもちろん入れないと、という気持ちはあったものの、サルトのカタログではなくイタリアのサルトリア文化を形に残すことがテーマだったそうだ。

「日本ではあまり知られていない若いサルトの方なんかも掲載されてます。どうしても雑誌の記事だと、日本で売られているのか?日本の読者は買えるのか?そういったことになりがちなので、ここまでいろんな方を載せるっていうのは非常に難しいんです。」

北から南、イタリアは寒い地域も暑い地域もある

ナポリの風景

さて、イタリアといえば北はミラノと南のナポリでは随分と気候も人も違うイメージだ。

「もともとイタリアというのは、みなさんご存知のように別々の国が一つに統合している国なので、文化的にもまったく違います。」

メンズウエア素材の基礎知識の著者でもおなじみ大西基之先生も、エアコンの発達によって分厚い生地より薄手で繊維長の細い原毛が生産されるようになった、とおっしゃっているが、スーツや服は気候と結びついている。

実際に取材されて、スーツもイタリアの気候によっての違いはあったのだろうか?

「気候がやはり冬の方だとかなりキャンバス地が厚く、裏地をつけて、生地自体もそういう保温性が高いものが求められてます。

イタリアの場合一つの国で、北のアルプスのところから暑い地域まであるので、それがまたもう一つの多様性になってると思うんですね。」

イタリアのスーツの仕立てのスタイルは3つ

そんなイタリアのスーツにおいて、一般的に3つの仕立て方法があり、トークイベントでも紹介されていた。

「1つはミラネーゼスタイル、北のスタイルですね。

もう一つはフロレンティーンスタイルっていうフロントダーツをとらない仕立てです。
中部のフィレンツェからきているもの。

最後に一番日本では有名だと思うんですけど、ナポリの仕立て。」

北のミラネーゼスタイル、中部のプロディンティスタイル、南部のナポリ仕立て。

今回サルトリアイタリアーナでは、イタリアの750のサルトのうち、厳選した27ものサルトを取材している。
取材してみると、結構いろいろな仕立てが入り混じっていたようだ。

3つの仕立てはイタリア内では入り混じっていた

長谷川さんも北から南、取材する27のサルトも地域によってはっきり仕立てが分かれてるのかと思ってた、ところが実際周ってみると、北イタリアでもナポリ仕立てでやっているサルトもある。

北イタリアと南イタリア、実は貧富の格差が激しい。だから南イタリアの職人たちが北イタリアに出て、腕の良い人はそのまま北イタリアで創業しているのだ。

そして、長谷川さんによればナポリ仕立てとはいえ、それぞれのサルトは個性的だという。

「イタリアの場合、1つのマエストロの弟子がいて、その弟子は自分のサルトを作ってまた自分のオリジナリティを作る。ナポリ仕立てにしても、それぞれのサルトはナポリ仕立てだけどテイストは全く違います。」

それぞれの個性が光る、ここが面白いのだ。

「お客さんにも合わせるわけじゃないですか。ビスポークとしての面白さがイタリアに生きているってのはそこにあるんだと思います。」

構築的な北イタリア

ミラノ

北イタリアのスーツや気質、南イタリアのスーツや気質、どんな違いがあるのだろう?

「北はやはり英国的に構築的なことろが多いです。」と長谷川さん。

まず北イタリアは寒いということもあるから、生地も厚い。それも関係して英国的で構築的なスーツになる。

また、お客もそういうテイストを好んでいるようだ。

それにカラチェニのように英国で学び、パリでお店を開いて、現在はミラノでやっているという方がいるのも深い関係があるはずだ。長谷川さんの著書では27のサルトを周って紹介しているが、最初の1軒目として紹介されるのもカラチェニだ。

イタリア全土を巡るグランドツアーの始めにあたり、最初に訪れるのにふさわしいサルトリアはどこか?

”A.カラチェニ”を選んだ私の選択に、異論を唱える者はいないだろう。

イタリアの仕立てを大別すると、北部を代表するミラネーゼ、中部のフロレンティーン、南部のナポリタンの3つとなる。スーツはその誕生以来、常に権力と強い結びつきを持ってきた。ミラノの歴史をひもとけば、この年で生まれたミラネーゼスチアルがカットを重視し、イタリアの中で最も抑制を重んじたスタイルである理由も理解できる。

サルトリアイタリアーナ(Sartoria Italiana)長谷川喜美 著より引用

ナポリといえばバルカポケット

ナポリ仕立といえばバルカポケット。

船の形をしたバルカポケットは、イタリアでも日本でもとても流行った。

「もともとビンチェントアットリーニっていうナポリの有名なサルトが開発したって言われてるんですけど、流行った型なので入れてるところが割と多いんです。」

ナポリのサルトの方たちはおもてなしも北イタリアの方々とは違ったという。

長谷川さんたちがわざわざ遠くから来た!と、ディナーいっしょうにしましょう!と誘われる。

「日本人の感覚からすると8時半にアヴェリティーボに来て。って言われたときに、じゃあ8時半からちょっと飲んで、9時くらいからなんか食べるかな?と思いますが、10時にレストラン予約したから!って言うんです。」

最初はどこかのバールやその方のご自宅でちょっと飲んだりつまんだりするアヴェリティーボがスタート。

その後10時からスタートしたディナー、一体何時まで食べてるのだろう?

「1時くらいまで食べてる。ずっとそのお店でしゃべって飲んで。基本的にはしゃべらないと逆に、美味しくないの?とか、すごくホスピテリティがあるので、どんどんしゃべって、どんどん食べなくちゃいけない、心配される。

すっごく美味しい!すっごく楽しい!とやってると終わらない。」

翌朝は9時から取材、それにこの後データのバックアップもとらなくちゃ、そろそろ・・・とはナポリ式だと帰れない!

でも、そんな食事の中からこそ人となりがわかったのだそうだ。

「どの人たちも本に登場しているくらい、確かな技量持ってて、誇り持ってその町で作ってるわけなので。」

イタリア裏話!地図を見たって自分を傷つけるだけだよ

トークショーでは、日本人とは違うイタリア人気質や柔軟性も見えてくるこんな裏話も。

それは長谷川さんがローマでランチをしていた時だった。

ランチやディナーをしていて、「そろそろ新幹線の時間が・・・」となれば、「あぁそろそろ行く時間ですね。」という流れになるはず。

長谷川さんも同行しているイタリア人とローマのランチ後は鉄道でナポリに移動する予定だった。

「電車に乗るはずなのに、いつまでランチしてるのかな?と思ったんです。でも誰も言い出さないから、時間大丈夫なのかな?みんなイタリア人だし、外国人の私が言うことでも・・・とそこに座ってたんですけど。」

ずっと食べてる・・・そう思っていた長谷川さん。

それからいきなりタクシー乗る一同。

鉄道の発車時刻には間に合うのか?と聞いたところ、もうギリギリ!と言われる。

え?なんで誰も言わないのっ!

ところが、ローマの駅への道が混んでいる!タクシーはなかなか動かない!

「こっちはジリジリするじゃないですか、日本人だから特に。グーグルマップで調べ始めたんです。そしたらシモーネが、

《喜美、地図を見ちゃいけない。》

どうして?

《自分を傷つけるだけだからさ。》

地図を見ても早くはならないから、自分を苦しめるのはやめろ、みたいに言われて。

日本人の感覚だと、遅れそうになっていて、そのあと何分で着くのかがわからないのが苦しいんですよ。
遅れるにしても10分だったら間に合うかも!とか。

でも見ようとすると見るなっていわれるんで、それも息苦しいと思って。」

遅れてローマ駅に到着!走る!すると・・・

こうしてもどかしい思いをしながらも何とかローマ駅に到着。

かなり遅れている!

みんなスーツケース持って、全力疾走だ!

長谷川さんも走んなきゃ!とハイヒールを履き替え、走った。よりによって乗り場は駅のずっと先の方!

電光掲示板が見える!

電車は、間に合ったかっ?

「なんと、遅れてるんですよ、電車が!やったーと思って。」

「イタリアってすごいなって思うのは、最終的につじつま合わせが上手です。お互い様って許容してるっていうのもある。最後うまくいったらそれで良し!みたいな。ただそのときのフレキシビリティは素晴らしいです。

日本だと、何かがこうなったときはこうじゃなきゃいけない!っていうのがあるじゃないですか。

全員が柔軟だからすごい速さで問題が処理されたりとか。そこの柔軟性とか迅速度っていうのはすごいです。」

以前私のクライアントがアイウェアの専門店で仕事をしていた時に、イタリアからのアイウェアが待てどたっても届かない。ある日問い合わせると、もう在庫がないという。

え?

と思った次の回答はこうだ。

《君たちに悲しむ顔が見たくなくって言えなかったんだ。》

まったく文化も気質も違う。でも、人間的で家族的、本当のホスピタリティに溢れている。マシンじゃあないのだ、ちょっと遅れたって何が起こったって楽しく行こう!みんながそんな感じなら、受け入れて柔軟性が高くなるのは当然だ。うん、生きてるだけで感謝!

まとめ

サルトリアーイタリアのスーツが生まれる現場

メンズスタイルの豊穣な文化を抱えるイタリア半島。その北から南まで縦断する徹底した現地取材が、イタリアん・テーラリングを支える歴史、多彩なくら仏マンシップやファブリックの素顔を浮き彫りにする。地域によって異なる仕立ての方法ろうんと美意識がスーツという表現に結びつくとき、世界中の男たちがあこがれる一着が生まれる。圧巻のヴィジュアルブック。サルトリア・イタリアーナの帯にはそう書かれていた。

圧巻、いや圧巻としかいいようがないこの一冊。

イタリアのサルトリアは家族でやっていて、1つの街に500くらいのサルトがあった。そんななかで切磋琢磨して進化したこのサルトリア文化。

北イタリアであっても南イタリアの仕立てもあるし、南イタリアといったってそれぞれテイストが違う。そういう面白さがイタリアには生きている。

スポンサーになったカノニコ社は、利益度外視でイタリアの文化を残したかったに違いない!そうとしか思えない内容だ。

そもそもサヴィルロウの書籍の時は一箇所に固まっているわけだが、今回はイタリア全土!各サルトに対しての圧倒的な取材量。

それはレストランの裏、長谷川さんが普段吸わないタバコをサルトと一緒に吸いながらかき集めた裏話が綴られている。

例えば、18歳からこの道に入った4代目マッシミリアーノが、アップル社の著名なデザイナーからアポイントの電話があった話。

「大変申し訳ないのですが、うちではTシャツとジーンズは作れないんです」ってまず最初に確認したと、とジョークまで記載されていたり。

価格は4000円と一般書籍と比べて少し高めかもしれないが、イタリアの消えつつあるサルトリア文化を追った、リアルな3年間の取材の結晶が詰まっている。これは入手困難になる前に、ぜひ一冊自宅に置いておきたい伝説の一冊だと思った。

あぁ、次の案件があったので、サインもらいそびれました・・・。

さて、明日は何着よう?

《世界同時》ジェントルマンズライドで紳士がバイクで走るスーツスタイル!

2017年9月25日 イベント | ファッションイベント

170822_DGR_Layerd

ジェントルマンな装いでバイクに乗る。
9月24日(日)そんな世界同時イベントが行われた。
イベントの名はジェントルマンズライドは今年で2回目の開催だ。

ジェントルマンライド ウェブサイト

原宿周辺をスタートし、渋谷駅周辺を経由して代々木体育館へ。ドレスコードは、小粋なジェントルマンな装いで、と。

このイベントは健康サポートに加え、世界中が小粋な男性と上品な女性たちで溢れるように、と紳士・淑女が集まりバイクを走らせるというもの。

 

トライアンフ モーターサイクルズ ジャパンはThe Distinguished Gentleman’s Ride(ディスティンギッシュト・ジェントルマンズ・ライド(DGR))の開催を応援いたします。

【The Distinguished Gentleman’s Ride(DGR、ジェントルマンズ ライド)とは?】
DGRは、男性の健康をサポートするために行われる世界最大規模で同日に一斉に開催されるバイクチャリティーイベントです。社会貢献の一環として、古きよき時代のバイクスタイル、ファッション、そしてその当時の理想にスポットライトを当てたイベントとして開催されます。

今年の9月24日(日)は世界各地の都市のストリートに、クラシカルなバイクに乗ったスタイリッシュなライダーたちで埋め尽くされるでしょう。

DGRは、2012年、オーストラリア、シドニーでマーク・ハーワー(Mark Hawwa)が始めた活動です。マークは、テレビドラマ「マッドメン」の主人公ドン・ドレーパーがおしゃれなスーツを着込みクラシックバイクにまたがっている写真を見て、インスパイアされました。

そして、男性がバイクに乗るにあたってのネガティブな先入観を払拭すると同時に、ニッチなバイクコミュニティーをつなげようと、グローバルなこのチャリティーイベントを立ち上げました。イベントには最初から64都市・2500人以上の参加者が集まり、想像を超える人気に。マークは、このイベントをいかにチャリティーにつなげるかを考えたのです。そこからの成果は、目覚ましいものでした。

トライアンフジャパン ウェブサイトより抜粋

イギリスを象徴するバイクメーカーである、トライアンフ モーターサイクルズは、DGRをサポートし、世界でもっとも優れたイベントや支援者に、トライアンフのバイクを提供するとある。

日本ではイベント運営組織がなく、2015年までは開催していなかったのだそうだ。それが2016年よりオーガナイザーが誕生、昨年千葉で開催され、今年は東京・原宿となったのだ。

ジェントルマンズライド

このイベントに、かつてスーツ一式製作をさせていただいた若手ビジネスパースン、M氏〔右〕が参加していた。ブライトなネイビーブルーのスリーピースとコントラストを描くのは、M氏の赤いドゥカティ。

ジェントルメンズライド

スーツは着数を重ねるごとに微妙なニュアンスを織り交ぜながらサイジングやディテールを変え、写真のスーツが最新作となる。

M氏は普段、港区のビジネス街でコーヒーショップの店長を担い、都会の中で癒しを提供するジェントル。

ということで、バイクに乗るときもスーツやジャケットを着てみようか。

さて、明日は何着よう?

スーツの勉強は本だけではわからない!スーツの着こなしと所作 ネクタイについても深い

2017年8月1日 イベント | ファッションイベント

メンズウエア素材の基礎知識


僕が20代の時、
この人がいろいろなことを教えてくれた。
イギリス式の服とか、服装だけでなくて動き。
洋服着たならばどういう動きをしなくては、というようなこと。

しかも英文科を出ている方るだから、若い時代、戦争が終わってからすぐに世界を周った方。
この人の本がバイブルのようなものでした。

今はピッティウウオモ(イタリアの展示会・インスタグラムなどでどのようなファッションがトレンドか?どのような着こなしが格好良いか?が注目される)で何が流行ってる?というような報道ばかりだけれど・・・。


と始まった、私たち服屋の勉強会。

2ヶ月に1回私たちが大西基之先生を講師としてお招きし、開催している勉強会、メンズウエア素材の基礎知識&セビロの哲学講座の冒頭であった。

講義のタイトルにもなっているセビロの哲学というのは、講師を務めて下さっている大西先生のさらに師匠にあたる方が書いた本のタイトルだ。

大西基之先生の師匠とは、服飾評論家でありデザイナー、星野醍醐郎という方である。

セビロの哲学の著者、星野醍醐郎氏は1924年生まれ、慶応大学英文科卒。
1968年に490円で出版されたのが、セビロの哲学である。

その本の内容は現代になって読んでみると、まったく古さを感じさせないどころか、今日の日本の風景を物語っているようなので驚くばかりだ。

大西基之先生は前述の星野先生から服装・所作について指摘を受けたことがあるのだという。

《ドズンと座ったなら、こう言われました。
良いですか、座る時はセンタークリースを軽く握って(持ち上げて)静かに座るものです、これがジェントルマンですよ。と。》

もう一つはこうだ。
《君の靴は片方が減っている。歩くという行為をいい加減に考えているからだ。》

すみません、私もおそらくもっといい加減に考えていた、歩く行為を・・・。

イラストレーターの穂積和夫氏が半世紀ほど前に著した本のタイトルに「着るか着られるか」というのがあった。

私の少年期のバイブルでもあった服の案内書なのだが、まずはタイトルについてである。

酒は呑むべし飲まれるべからずなどという言葉もあるが、まさに、呑むか飲まれてしまうか、着るか着られるあということには大きな隔たりがある。

すべからく多くの物事には年季あるいはキャリアという積み重ねた経験を必要とすることがあり、装うという行為も例外ではない。

まずはそのことに興味がない場合はなにも始まらないが、興味を持ってはじめたことは、まず真似をする、あるいは教わる、自己流でやってみるなどの初動がある。

たいていのお稽古事は教わる場所があるので自己流でやってみるよりも上達は早く動きも正確で美しくなるものである。

さらに上達していく過程で自分の個性が加わりいわゆる「板についてくる」という状態に到達していくのであろう。

 

セビロの消えた日 大西基之著より引用

穂積和夫さんといえばこのイラスト!


流行がどうかとか、コーディネートがどうかとか?
そうではなくて、服って自分で買って失敗するに尽きると思う。
繰り返しているうちに、磨いていく、板につく。

板につくというのは能の言葉なのです。
何回もやって失敗をして、繰り返して、ようやく板につくのだよね。

セビロの哲学講義より大西基之先生

 



メンズウエア素材の基礎知識講座
色分けしてマーカーを引き、びっしりと書き込まれた、テーラーHさんの書籍。
本を読んだだけではわからないことが明快に理解できる。
そして本には出てこない知識も飛び出す。

メンズウエア素材の基礎知識

メンズウエア素材の基礎知識の部 第2期に新型模型!
こちら、大西先生自身が作ったという、綾織りの見本。
なぜ真新しいデニムをロールアップすると、裏側が白いのだろう?

サンイチ(3本とんで、1本くぐる上記見本の綾織り)になると、、、

表と裏で色が違う。
ジーンズはサンイチ

すると(表側に)経糸の色が出てきます。
緯糸が白、経糸が紺なのです。

 


綾目の角度、これも結構重要なの。
バーバリートレンチコートのコットンギャバは元々(角度が)強かった。
雨が流れやすかったのです。

メンズウエア素材の基礎知識
ネクタイの話。
ネクタイは朱子織りという織り方なのだが、実は経糸の色は黒か白。
なぜ?

星野先生は「男の服装339の作戦」中、155頁.ネクタイは自分で選ぶものの頁の中では『セビロにマッチしないネクタイにもふた通りあり、ひとつは「第一ネクタイとしてよくない」「ネクタイとしてはいいが、服との調和がよくない」をあげることができる。とあります。

(奥さん、彼女が)ネクタイを相手にプレゼントすることは迷惑をかける可能性があります。
ネクタイだけ買ってきても、相手の服を知らないのに。

ネクタイは本当に難しい。
服との相性もあるし、似合うかどうか、それにネクタイ自体が良いタイかどうか。
締め心地はブランドによって変わる。シルク、芯地。
贈り物となれば、さらに難しい。

講義後編:セビロの哲学より


ネクタイは本当に難しい。
色や柄が服と合うか?
そもそも似合うかどうか?
行く場と喧嘩せず調和するか?
自分らしさは出ているか?

そうして、太さもある。
締め心地もある。

大西先生もおっしゃっていたが、海外に行けばネクタイを買う。
それでもなかなか納得できる1本には出会えないという。
非常に共感してしまった。私など、まだ納得ゆく1本に出会えてすらいない。
もちろん妻は絶対に私のネクタイを買ってはこない・・。


ネクタイの結び方はシングルノット、セミウインザーノット、ウインザーノット、その他色々ありますが、
シャツの襟の開き角度によって変えます。

ところで、結び方がきちんとしている人は背広もきちんととしています。

メンズウエア素材の基礎知識
今回から新たにアパレル販売に携わる方の参加された方も加わった。
私を含めて13名という、質問しつつ、脱線しながらの小規模の講義だ。


それから、ネクタイの解き方。
ギュギュッっと引っ張って抜いてしまう人がいました。
そうではなく、結んだ時と逆に緩め、まるめて置いておく。
放置した後にネクタイかけにかける。

 メンズウエア素材の基礎知識 大西基之

僕ね、納得したシャツってあまりないんだよね。
服って中ほど難しい。

服ってのは人間の身体に近いほど難しい。
だからワイシャツって非常に難しい。

(日本のショップでは)試着させない。
ジャケットだったら絶対に試着させるのに。
イタリーなんか、客側も着させてとなる。

それから、胸ポケット。
ここのところ胸ポケットがないシャツが多い。
例えばここに来ている皆さんは、胸ポケットについてだって考えてみてはどうだろう?

 


大西基之 松 甫
大西基之先生と。

今日もあっという間の3時間。
大西先生はプレーンノットを基本とし、ボタンダウンシャツにやや緩くタイを結ぶ、大西先生だからこそできる着こなしであられる。

最近は何事もお手軽だ、書籍なども多くがハウツー物で、「プロが教える、オシャレに見せる服の法則」のような本が並ぶし、事実、そういった本が売れる。

そのようなこともあり、大西先生が書いたセビロの消えた日という幻の書籍は「これじゃあ売れない・・」というような観点からも出版に至ることはなかったのだそうだ。

だが、これが服の仕事に携わる人だけでなくとも、服を着る上で色々なヒントが得られる。

ということで、本講義では私たちアパレル業界の人間が素材を知り、学び、さらには本当に着こなす、装うとはどういうことか。幻となった書籍、セビロの消えた日を元に学び、大西先生の師匠である星野先生が大西先生に伝えたエッセンスを学べる、大変貴重な機会だ。

学んだことはしっかり生かす、
だからといって、もちろんネクタイを締めていない友人に、「今すぐネクタイくらい締めなよ!」と言うつもりはない。
そういう時代なのだから、現代的に咀嚼する必要もあると思う。
だが、せめてその友人がヨーロッパに行く、というのならば少しくらい役に立つことを伝えられるかもしれない。

そんな風に、これからも苦味のあるアイス・コーヒーに程よくガム・シロップを足し、正しく楽しくクライアントの方々にもお伝えしていきたいなと思う。

(私はブラック派だけれど。いや、コーヒーに関しては、、)

・・・・・・・・・・・・・・・・・ こちらは先生の書籍。
ぜひともアパレル、ファッション関係に携わっている方に読んでいただきたい一冊。
販売の方なら正しい商品知識がついてお客様からの信頼が上がるし、
企画、バイヤーなどの方も復習・再確認という意味でも読んでおけば一目置かれるはず。

もちろんテーラー、スタイリスト業の方は、ダイレクトにその知識を生かして成果に結びつけられるだろう。

大西基之先生の師匠の幻の著書がこちら
セビロの哲学―男性のおしゃれ (1968年)

出石尚三先生の特別講演 英国から来た流儀

2017年5月19日 イベント | ファッションイベント

グレージュのスリーピーススーツ
松はじめです。

グレージュのスーツにネイビーのタイで、銀座へ。

出石尚三先生の、英国から来た流儀という特別公演に出席するのだ。

英国からの流儀という講演なのだし、ベストに衿があった方が良いなと思って、衿付きのベストのスーツを探してみた。

すると・・・よく考えると私はほとんど衿付きで誂えているのだった・・・。

ベストの種類についてはこちらの記事で。

ネクタイは紺にはじまり、紺に終わるという名言があるけれど、初回参加なのでネイビータイ。
出石尚三先生はボルサリーノ物語の著者であられるので、ボルサリーノを被って出発。

英国
この講義は内田栄治さんが主催されており、今回で5回目。
今回のテーマは社交と装い。

内容はこんな感じ。

内田さんはGinza Fashion Academiaという、こちらも出石尚三さんを講師に招いた勉強会を開いていらっしゃる。
土曜の15時−17時、銀座で全6回のカリキュラムとなっている。
2期は私も参加に向けて調整中なので、どなたかご一緒しますか?

さて、英国からの流儀、ひとつ前のブログ記事で当日の雰囲気を書いたのだけど、今回はおそらくJAPANESE DANDY Monochrome 出版記念パーティと日程が重なっていたので、その兼ね合いで参加できなかった方もいらしたのだろう、その隙間に運良く私は入り込むことができたのだと思う。

JAPANESE DANDY Monochrome 出版記念パーティも大変な盛り上がりだったようで、いつも素材の講義の講師を努めてくださっている大西基之先生ももちろん参加されており、フェイスブックのタイムラインを開けば大西先生と政近準子さんを中心にタグ付けされた、そのパーティの素敵な方と素敵な装いの写真ばかりだったから、次回何かあればカバン持ちでもさせていただこうかしら。

シャネル ココカフェ(表参道)というイベント

2017年3月9日 明日は何着よう?松はじめのスーツの着こなし術 | Other

シャネルカフェ

CHANEL(シャネル)が、ビューティイベントとしてCOCO CAFE(ココ カフェ)を期間限定オープンしていた。
表参道の路地裏、表参道ヒルズから2本裏になる隠れ家のような場所にて、3/3〜3/12の限定オープンだ。
実は私、ボットーネ表参道サロンの裏出口からランチに出かけるべく歩いている時に発見した。

 シャネル ココカフェ
のせた瞬間きらめきの唇に仕上げるリップグロス、ルージュ ココ グロスの世界を
全国に先がけてご体験頂ける期間限定イベント 「COCO CAFÉ(ココ カフェ)」を表参道で開催。 24色のカラーグロスと、ニュアンスをプラスする3色のトップコート。 27色の幅広いカラーヴァリエーションをお楽しみ下さい。 シャネル ココカフェ

上記はシャネル ココカフェ(COCO CAFE)の外観。
《あれ?シャネル?カフェ?》と目に止まってシャッターを切ったのは私だけではない。
そしてそのまま吸い込まれるように入店したのも私だけではなかった。

この写真の日は平日ながら大変な賑わい。

シャネル ココ カフェ

シャネル ココカフェ

まさにカフェのような外観ディスプレイ。
ココカフェはスイーツとドリンクを楽しむカフェスポットではないのだが、まさにカフェのようなこの遊び心。
リップグロスがドリンクメニューのディスプレイのように並んでいる。

早速中に入ってみる。

シャネル ココカフェ

甘美なスイーツのごとく並ぶのは、シャネルの香水やコスメ。
マカロンのようにカラフルに並び、脇にはお一ついかが?とチョコレートの模型のディスプレイ。

シャネル ココカフェ

よく見ると唇の形!こういうディスプレイに感激すること間違いなし。

ココカフェはたくさんの方で賑わっていた。
ココカフェスタッフを除いて、9割が女性で、男性1人で来店していたのは私のみだった。

シャネル ココカフェ

3月ではあるがまだ肌寒い東京・表参道。
トレンチコートや薄手のコート、ジャケットスタイルの女性が多い。
この日はアンクルブーツの女性が多かったように思う。

シャネル ココ カフェ

ココカフェはシャネルのコスメやグロスなどのアイテムが体験できるスペースになっている。

シャネル ココカフェ

シャネルが塗り放題!?

色々なカラーを実際に自由に試すことができるのは素敵。
シャネルの小さなピンクのクッションもかわいい。

シャネル ココカフェ

ココカフェは3/17発売のルージュ ココ グロスがずらり。ルージュ ココグロスの先行販売も行われていた。

ココルージュ

見た目も愛らしいこちら、3月17日(金)発売のリップグロス、ルージュココグロスも購入できる。
税抜き3,600円という提案。

ココルージュ

またシャネルのメイクアップ アーティストによるメークアップ サービスを実施している。

どのキャビンでもメークアップ中。

シャネル ココカフェ

こちらは予約制となっている。早速スケジュールをチェックしてみると・・・

シャネル ココカフェ

こちらはさすがに予約枠は全て埋まっている。
当日受付で状況を確認してみよう。

シャネル ココカフェ

フォトブース。
ディスプレイの前に立って撮影。
《あ、可愛い!可愛いですね〜!》とスタッフの方の緊張して電話に出た時のような、いつもよりも2トーンくらい高めの声で話すような声でそう言っている。この場はノリも良く盛り上がって列ができていた。

ココカフェ内のディスプレイも可愛い。

シャネル ココカフェ

シャネルのロゴマーク入りクッキーのディスプレイ。

シャネル ココカフェ

6層に分かれたシャネルのムース。
こちらも非売品。

シャネルのジャム

ルージュココグロスのようなビューティーな色味、ココカフェ限定シャネルジャム?

ココカフェは細部まで作り込まれていて脱帽。

来場者にはプチギフトが!

シャネル ココカフェ

楽しめる各色のリップカラーと、シャネルのシール。

ココ・シャネル(1883年~1971年)

ココシャネルは言わずと知れたフランスの女性ファッションデザイナーだが、ココは愛称だ。
1883年、フランス南西部オーヴェルニュ地方のソミュールに生まれる。
11歳で母ジャンヌが病死し、行商人の父アルベールに捨てられ、孤児院や修道院で育った。
18歳で孤児院を出て、ムーランでお針子仕事をしながら歌手を目指した。

歌手の道を諦め交際していた将校、バルサンの牧場へ移り、。退屈しのぎで制作した帽子のデザインが認められてバルサンの援助あって帽子アトリエを開業する。
1910年にはパリ1区にシャネル・モードという帽子専門店を開店、1913年には2号店。
1915年にはメゾン・ド・クチュールをオープンして大成功を収める。

流行は色あせていく。スタイルだけが変わらないまま残り続ける。
みな、私の着ているものを見て笑ったわ。でもそれが私の成功の鍵。みんなと同じ格好をしなかったから。

など、たくさんの名言を残している。

しかしまさか未来の、極東の国、日本の東京・表参道でシャネル ココカフェのようなイベントが行われるまでになろうとは、ココ・シャネルも想像しなかっただろう。

シャネル ココカフェ

シャネルCOCO CAFE (ココカフェ)表参道の情報

シャネルCOCO CAFE


住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-9-8
ジャンル:イベント
3月3日(金)~3月11日(土) 11:00~19:00
3月12日(日) 11:00~18:00
最寄駅:表参道

限定色も続々登場