スタイリストとして独立した卒業生が来た夜
Sちゃんは、坂本龍馬のように髪が伸びていたし、
相変わらず鹿児島訛りかなと思ったら、
もう訛りはなく、東京の男だった。
水曜、我が家にボットーネ卒業生が遊びに来た。
ボットーネのアルバイトをやっていたことがあるSちゃんがいたのは、確か8年前だ。
「スタイリストを目指していまして」と、埼玉でプラスチックの組み立てを行う工場の作業員だったのだが、
仕事を辞めてスタイリストになるのだという。
スタイリストといっても幅広いのだが、
彼がやりたかったのは、雑誌だ。
ボットーネではメンズの仕立て服を学ぶ、という目標があって志願したようで、
しばらく働いていた。
その後、有名なスタイリストの方にメールをし、なんとアシスタントが決まったという。
こうして晴れて彼はボットーネを卒業した。
スタイリストのアシスタントとは想像を絶する世界だ。
まず、彼のところは給料がなかった。
それから、交通費もないらしい。
で、飲食費もないし、文字通り全部自腹なのだ。
それで5時に集合ということもあるし、23時まで作業はザラ、という有様。
sちゃんは西武ドームの近くで一人暮らしをしていて、毎日通っていたが、さすがに無理を感じ、
工場で貯めたお金で三茶に引っ越した。
いわゆる、トイレなし物件だ。
奇跡的にシャワールームはあったらしく、
木造のアパートは4畳半だ。
「sちゃんさ、ちゃんと食べてる?」と聞くと、
「はい、食べてます」という。
「サミットで、カレー買って、、、ルーだけですけど。」
野菜も、肉もない、ご飯がちょっと、ほぼルー単品カレーで彼は凌いだ。
(それならカレーじゃない物の方が合理的では?とは思ったが)
彼は23時にスタイリストのアシスタントの仕事が終わると、
ファミリーマートに行き、4時までアルバイトをしていた。
そんな暮らしを28歳くらいになっても、彼は続けていた。
水曜、そんなSちゃんが、久々に我が家にきた。
冒頭の頃、良く家に呼んで、ご飯を御馳走していたので、
結婚したばかりの妻もSちゃんをよく知っているから、
彼を家に呼ぶのは不思議なことではないが、ずいぶんと月日が経っていた。
Sちゃんは相変わらず三茶に住んでいるが、
カメラマンとルームシェアし、広いところに住んでいた。
そして、何よりも変わったのは、自分の名刺を持っていたことだ。
Sちゃんはフリーランスのスタイリストとして独立したのだ。
ここからが勝負だ。
今も徹夜が続くこともあるという。
ただ、それはルックブックの撮影であったり、
モデルに着せての撮影で徹夜になるのだという。
でも、卒業生は大変さを微塵も見せない、
輝いた眼をしていた。
ライター:松 甫 詳しいプロフィールはこちら>>
表参道の看板のないオーダーサロン 株式会社ボットーネ CEO。
自身もヘッド・スーツコンシェルジュとしてフィッティングやコーディネートを実施。
クライアントは上場企業経営者、政治家、プロスポーツ選手の方をはじめ、述べ2,000人以上。
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