チューリッヒのシャツと、新入生と

「作ってきましたよ、今回はチューリッヒでシャツ。」
フィッティングを終えたH氏は、ローマ、フィレンツェからチューリッヒをまわる旅の模様を伝えてくれた。
「フィッターはドイツ人で」
こちらも興味深々でつい立ち話。
なんでも、フィレンツェの店ではイタリア人フィッターが店にいなかったという番狂わせがあったらしく、
チューリッヒで通行人に、シャツをオーダーできるところはないか?と聞き、入店したのだそうだ。
H氏は名刺を渡した。
すると、
「日本人は、漢字とアルファベットを使いこなせるよな、すごい」と言われたそうだ。
なるほど、と思った。
もちろん中国も韓国も、それからアラビア圏もそうなのだが、そういう捉え方もあるのだなと思った。
スイスは非常に小さな国だが、
周辺をヨーロッパ諸国に囲まれており、周辺国へ出勤という光景もあるらしく、
そのため多言語を話せる方が多い。
そういう点では日本は島国だから、日本語だけでも事足りてしまうが、
多数の言語を操り、ヨーロッパに行くたびにシャツをオーダーしてくるH氏のような言語力やコミュニケーション能力を身に着けたいものだ。

今日から、ボットーネには中之丸君が入社。
まったくの異業種からの転職だが、スーツコンシェルジュを目指す。
小寺のつきっきりレクチャーに加え、作っていた動画・マニュアルを見てもらう。
今日は平日ながらフィッティングや洋服の打ち合わせラッシュだが、
ふと、この仕事をはじめたときのことを思い出す。
肩にかけていたメジャーを持って、すっと引く、
右肩から左肩へ〔逆かも〕の鮮やかなメジャーリング。
カ・・・カ、カ、カ、カッコイイ!めちゃカッコイイ・・・
まさに映画で見たその光景が広がって、痺れてその場をしばらく動けなかった。
そして、その初日の夜のご納品では、ジャストフィットのスリー・ピースに袖を通し、
「いい、、いいよ、これ、いいよ!」と大絶賛のクライアントを目の当たりにした。
そのフィッターからは、お客様が帰った閉店後の店舗で、あれは、ウエスト・シェイプの位置を高くしたのだ、とか、
次々と出る技の目から鱗。
計測者=フィッター、じゃあないのだ!デザイナーのようだ、と思った。
あの時私は横浜に住んでいたから、なかなかそろそろ終電が、、とも言い出せなかったのだが、駅前のラーメン定食を奢って貰った時の、あの味はなんともいえない。桜木町の駅で、観覧車の時計が見えて、あちゃー明日起きれるかな、という感じだ。
残念ながら、私に強烈な印象を植え付けたフィッター、M氏は店をたたんでしまうらしい。
いや、なんでも、素材づくりの分野にスイッチするのだそうだ。
M氏らしい、と思う。
こだわり方が、いつもパンチが効いている。

M氏のメジャーリングを目の当たりにした、ある秋の日を思い出す。
最初は誰だって高いハードルに見えるかもしれない、
専門的な業種は。
だが、千里の道も一歩から。
現代のように高速鉄道が網羅されていると、東海道を歩いて旅する、という感覚はわからないが、
昔の「一歩」は、大きく意味のある「一歩」だ。
一歩、まず一歩、初動が大事なのだ。

ただし、これからテーラーという業界に入る方もいるだろうが、
はっきりいって、私も過去いろいろな仕事をしたが、
群を抜いて大変だ。
ミリ単位に繊細でありつつ、打たれ強さのような精神的な強さも必須だ。
それはベッドシーツの手触りにはこだわるが、
目的のためには公園のベンチで3時間睡眠でもいけます!という強さだ。
それでいて結構体力も必要で、
何よりも謙虚であり続け、追求、探求して必死にメモをとり、
主体性を持って先輩にくらいついていかないといけないから、現代的ではないのだろう。
マニュアルはあるものの、基本、見て学んで、自分から考えて質問しないと何も任されない、
というか、ケースバイケースすぎるし、クライアント目線で考えて、
あ、これが良い!と思ったら話し合ってどんどん変えるから、マニュアル化しようがないのだ。
そんなわけで、スーツが好きで、かつお客様に貢献したい、という気持ちがなかったら、絶対に辞めた方が良い、絶対だ。
もしかしたら、ブラック企業に入社すると思って覚悟した方が良いのかもしれない笑

だが、一生懸命に、自分を磨こう、お客さんのために、
チームのために、日々全力で志事しよう、よりよくするために頑張ろう、
そんな人にとってはこれ以上ない夢のような最高の場だ、テーラーにもよるが、
本来のテーラーやオーダースーツ屋ってそんなものだ。少なくともうちはそれを追求している。
3年、5年、努力を続けたときに得られる感動は計り知れない、自分だけのオリンピックの金だ。
時々私は、稲盛さんの話を思い出す。
「今の人は、仕事が選べる。昔は選べなかった、だから必死だったし、成長できた。さて、どちらが幸せなのか?」
というような話だったと思う。
私も、最初はテーラーっカッコいい!という不純な動機だった気もするが、
実は、また仕事変わったんだ、、と友人に言われるのが嫌で、死に物狂いだったのがまたよかったのかもしれない笑
〈私は5時間は寝たい派で、睡眠は何より大切だと思っており、文中の表現はあくまでも例えである笑〉
ライター:松 甫 詳しいプロフィールはこちら>>
表参道の看板のないオーダーサロン 株式会社ボットーネ CEO。
自身もヘッド・スーツコンシェルジュとしてフィッティングやコーディネートを実施。
クライアントは上場企業経営者、政治家、プロスポーツ選手の方をはじめ、述べ2,000人以上。
2016年9月26日
明日は何着よう?松はじめのスーツの着こなし術 | Other
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